「生徒の傑作」という無味無明

ワークショップの大切なコトのひとつに「いっしょに考ながらつくる」がある。

つくる過程で、いわば伴走するように、その人の手の動きにあわせて勧めていく。

ディヤーズでは2人として同じ靴は無い。いままでつくったコトのない靴のオーダーは数知れず、いつも「足思手考」に尽きる。

なにがいいたいかというと、先生と生徒の上下のあいだがらではなく、全工程を共有し、共感しながらカタチにしていくプロセスが大事であって、なによりも出来た靴の足入れのフィット感 (静的評価)、と歩いたときのフィット間 = 動的平衡(動的評価) がえられているか、いずれも達成した履き手の喜びも、ともに分かち合う、この共有共感する横並びのあいだがらで、ワークショップでいうファシリティターの役割を担う立場になる。

けして先生、生徒の関係性ではない。

モゲのワーカーズを通過した人の工房で、「生徒の力作とか傑作、作品をご覧下さい」などと紹介されている靴をネットで見ると、手づくり靴として無味無明しか感じない。

ディヤーズ歴 2年4ヶ月の T・H の 手づくり靴ラインアップ、
はじめての靴は、サイドゴアブーツ。
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2足目は、ラフなレースアップブーツ。
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3足目は室内履き。
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4、5足目は友達夫婦へのプレゼント(名前入り)。
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5足目はサンダル。

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6足目は、Vカットのステッブインは作成中・・・

作成中のブロセスも大事だが、つくられていく数々の靴のプロセスをみていると、つくり手のリアルな生活の質感が垣間見える。

ほんとうに大事なコトは、このコトが欲しくて、32年間、ワーカーズ(専門科)は終止してしまったが、ディヤーズが、まだつづけられる理由なのかもしれない。

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