高を括っているうちに・・・

数おおい靴教室で手づくり靴をつくっている人が、自らイメージした靴を型紙からおこして、それこそ丸々ひとりで靴をつくれる人は、そういないだろう。
既製靴域でもほとんどいない。

既製靴は分業合理の生産システムだから、シューデザイナーから木型とイメージスケッチをわたされ型紙を切る型紙職手、型抜きする裁断職手、それを縫い上げる製甲職手、それから木型にツリ込む職手(機械ヅリ)、または手ヅリ職手、底ヅケも別、仕上げ箱入れと・・・

足分つくるのに、その他にもおおくの分業職手が関与して、既製靴が出来あがる。

それを丸々ひとりでつくりあげる。

ディヤーズ歴 2年と7ヶ月の K・S さんは 、moge 塾が主宰するサンデー・スタデーズの型紙講座で、基礎、外羽根、トゥルー モカシンの3つの講座を受講して、ディヤーズで外羽根、インデァンモカシンをつくり上げて、今、甲革を変えて2足目のインディアンモカシンを作成中。

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既製靴は人の足がなくても、いくらでもつくるが、手づくり靴は、履く人の足がなければ、つくる意味がなくなる。

靴の評価には、足入れしたときのフィット評価を静的評価といい、歩行時のフィットを動的評価とする。

手づくり靴は、この2つの評価がなければ手づくり靴とはいわない。

ですから履く人足の定量データと、その足に合う木型、靴型、素材などの定性質を充分に把握してつくりはじめる。

「履く人の足を知り尽くす」さらに抽象すれば「善き動きをつくり、それを知らしめる」これを靴の本義としなければならない。

既製靴の限界は、履く人の足を知る人が、だれもいなくてもオールオーライ、その意味では、気楽なシゴトといわざるをえない。

雑誌メデイアなどで、得々と手シゴトを謳いながら、分業職手を集め、既製靴をつくる人も多々いるが、これなどは、なんといっていいか名状しがたく、手づくり靴の域にいれるべきではないと思っている。

とにかく、いわば、玄人が技芸技能だけを競い、素人になにができる・・・と高を括っているうちに、

その素人(はじめは技能的には未熟であっても、だんだん熟達していく)が靴の本義のいちばん近いところに在るコトを忘れずに・・・

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型紙からおこし、つくり上げたインディアンモカシンをみながら、ディヤーズ歴17年8ヶ月の A・W さんと作成過程を話している K・S さん。

ディヤーズどうしがプロセスを共有できるのもワークショップのいいところ。

第4回・月例/9月靴型紙基礎講座募集・詳細はココ

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