1983年から2020年、自由自学の37年目の感慨です。

靴は技芸技巧をつくす難度の高い職人芸として礼讃するのは市場評価であって、そこには靴の身体面から見た評価がありません。靴は、生活するリアルな身体によりさう生活技としての靴づくりがあってもいいのではないかと思い1983年に、この国ではじめて・・・

ディヤーズ = DIYers という、セルフメドする[ 靴の教室 ]
ワーカーズ = workersという、ワークショップを立ち上げる専科 [ 靴の学校 ]

この2つのくくりで、靴づくりを誰でもつくれる普通技にするシューワークショップ・mogeをたち上げました。もう37年になります。
現にワークショップには・・・ジュニア(小学生)からシニア(老人)まで、足元のおぼつかない赤ちゃんのファーストシューズから、足元がおぼつかなる老人の靴まで、セルフメイドする人たちがいます。
ワークショップを立ち上げて、手づくり靴を仕事にするには、人の生涯にかかわる間口の広い技法が必要だからです。

なぜ手づくりなのか・・・
既製靴の技法は、足がなくてもつくる既製ゆえに規程できない足を、おおざっぱな規定(JIS規格)でつくる技法なので、足がなければつくらない手づくり靴のように、履く人の足を数字と性質でとらえ靴にするコトが、「靴の本質」を具体することだからです。

「靴の本質」とは、足入れした時のフット フィッティング(静的評価)と、身体(足)に負荷をかけないグッド バランス ウォーク(動的評価)が相まって、はじめて靴といえるのです。
だとすると、靴にかかわる、全ての職能は、自らの専門職域に閉じこもっていないで、靴の本質を具体する方位に踏み出さなければならない時ではないでしょうか・・・

買うよりも、
つくって貰うよりも、
自らの手でつくる、
生活を、できるだけ自らの手でつくる・・・このコトを、いちばん意味あるコトにしなくてはならないと思います。
もう、市場の評価におもねるメディアのトッピクスに右往左往するのはやめましょう。

工房といわず、なぜ「手房」とするのは、「手」と「工」がしっくりこないからです。
それから既製靴のインサイドの人たちは「手製靴」といいますが、これも「手」と「製」を熟語にするのは違和感があって「手づくり靴」とし、靴職人といわず「靴のつくり手」としています。
靴業界のインサイドでなく、業界のアウトサイドで自由自学なので、みんな手を通して教えられた言葉です。

この37年の間、「場」を6回移転し、ココが今の手房です。50才から靴づくりをはじめて、手に導びかれて、よくココまできたな・・・これが手づくり靴をはじめて37年目のささやかな感慨です。

 

 

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