2010/ Jun _ 12

靴をどう評価するか/ 考古学的技法

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世界最古の履きもの、アメリカ・ミズリー州の洞窟で見つかった履きもの(サン

ダル)よりもさらに2500年古い、およそ紀元前3500年前の履きものが、アルメ

ニアの洞窟でみっかったという記事が6月10日の東京新聞・夕刊にロイター通

信とし報じている。

写真に見るように人類最古の履きものはサンダルという定説をくつがえし、足

を皮でくるみ甲部を紐でむすぶものになっている。

発見された場所はイランとトルコとの国境に近い地域で、洞窟は低温かつ乾燥

していて履きものは、ほぼ完全な形で残っていた。

片方だけで足長は24.5センチ、足巾(接地面)が7.6センチ位、性別は不明。

今様の靴のつくりは、足(木型)にかぶせるやり方が主流だが、現存するトルー

モカシンのように足を包む履きものは、土着の様式が未だに永々とひきつがれ

ている。

このような履きものは、考古学の研究対象になるが、18世紀頃にほぼかたまっ

た靴の祖型を、永々とひきつぎ靴の普遍として評価するのではなく、伝統だの

古典だのとくくり権威づけ、底付け技法のうち二重手縫いだけを至高の技と宣

まり商業主義と結託、高見にたつ技法も、近現代の靴の本意、本義にかなった

より自由な作法からみると、辛辣に評価を下せば考古学的技法と言わざる得な

い。

かって、底付けにはこの技法しかなかった時代の職人さん(現存すると70歳は

ゆうにこえている)たちは、通常技法なので当たり前のこととしていたが、戦後

セメンテツド・プロセスの導入によつて履きものの大衆化がはじまり、下駄、

草履から靴が日常履になり、この手の職人の大半は失職して、戦後30年間、二

重手縫い革底技法の空白の時代が続いていたが・・・

きょう日、大層なことになっているのは20年前頃からで、この国に師匠をもた

ない、かの国、イギリス帰りの新手のつくり手たちの帰国以後のことになる。

ものことは時代との相性(機会が熟す)があって、はじめて顕在化するもので、

時代は「平成景気」と呼ばれるこれまで類を見ない好景気に浮かれたバブルが

崩壊し、その後10年を、「失われた10年」といわる苦渋の時代がつづくが、

2000年にはいって、いわゆる「格差型景気」が浮上し、下流貧困層と上流富裕

層とが2極分化、とくに富裕層を標的にしたクラスマーケッの強い波動にのっ

てこの手の靴がもてはやされるようになる。

この手の靴のつくり手と富裕市場の間に割ってはいるのがスノッブ・マガジン

で、高級、上質、至高、伝統、古典などと、言うのもはばかるもちあげようで

煽りにあおるものだから、たんなる商売用語の常套句とも知らず、意図を読み

取ることのできない有象無象たちが、たた受け売り口上の能書きだけを喚き立

てているだけの実態のない偏狭な幻想市場といわなければならない。

その道筋に笑えないこんな話がいくつもあって・・・

イタリア・フレンツッエに5つ、この手の工房のがあって、そこで働く職人た

ちは、全部日本の若もののタダ働きで、その靴を買いにくる買い手は全部、日

本のデパートのバイヤーで、メイド・イン・イタリアと大画きしているという

風聞は、あながち間違いではあるまい。

ただの風説に煽られ向こうにいけばなんとかなると繰り込むが、何ともならな

らない日本人の靴流民がヨーロッバには、目に余るほどいるらしい。

昔流に言うと、いまさらヨーロッパ洋行帰りだからといって箔がつくわけでは

ない。なんとか戻ってきても今浦島太郎ごときで右往左往するだけで、かの国

でもこの国でも靴流民は相も変わらず、なんともなさけないことになってい

る。

それもこれも煽てあげるメディアとメディア リテラシーのない連中の行き着く

先だと思えば納得せざろを得ない。

象徴的なのは、スノッブ・マガジンの老舗「Esquire」が廃刊し別冊「LAST」

も連座して廃刊になってしまつた。この手の靴は「メディア・グッズ」といっ

て情報の露出量がおちると比例して市場は縮小するものである。

きょう日、不況風がふきまくる時勢とメディアの露出減少と相まって苦渋をし

いられているだろう。

アメリカで、この手の靴のブランド・ショップで日本の小男に店員が「当店で

はボーイズサイズはあっかっていません」と断られたという話も耳にするが、

元々ハンドソーン・ウエルテッドはアングロサクソン系のタッバか2メイトル

近く、体重が100キロもあろうかという大男の靴で、その身体を支えるヘビュ

ーデュウティーな役割と、通常履きではなくてオフシャル・シーンの社会倫理

規定(フォーマル)を内羽根にしたことで、誂え靴でなければ甲部の羽根合わせ

ができない事情があってビスポークが存続できたという風説もある。

ちなみに内羽根はエスタブリッシュメント御用達で、外羽根はブルーワーカー

というこになっている。

フランス、イタリア人では小柄なのでマッケー・プロセスが革底の主流なのも

うなずける。

ロンドンの有名ビスポークに日本の若もの(ばかもん)が注文にいって「貴方は

靴を管理する係を雇うことができのでしたらつくりましょう」と言われたそう

だ。

すべて風説としても、笑える話にことかかないのは、この手の靴を最大限に評

価しなければ立場がないスノッブ・マガジンのやもえない事情とやらだろう。

18世紀頃、イギリスでスチームエンジンが発明され手業から量産工業化した産

業革命の世紀となり貿易拡大にともなってイギリスから靴の祖型として文明国

に規範として伝播していく。

グッドイヤー・ウエルト製法は、1849年、アメリカのチャールズ・グッドイ

ヤー2世によって開発された機械式のウエルテッド製法のことをいう。この機

械での靴の出来映えは手業による靴を凌駕するものがあり、多くのギルド(手業

特権的の組合)が消滅する。

日本での紳士靴大手5社の設立はグッドイヤー・ウエルテッド製法で軍靴生産

が靴業のはじまりで、4社は戦後の軍解体にともなって機械を破棄したが日本

製靴だけが機械を温存してはじめた「リーガル」はアメリカのブラウン社のブ

ランドを引き継いだものであった。

どこの国でもグッドイャーウエルテッド プロセスによる軍靴生産が既製靴産業

のはじまりだが、きょう日グッドイヤーウエルト プロセスの軍靴を採用してい

る国は一国もない。

よもやま話になってしまつたが、靴は底付け技法だけを特化して優劣をつける

のは噴飯もので、用途に応じて自由に使い分ければばいいことで、何が何でも

ハンドソーン・ウエルテッドでなければならないと凝り固まっているのは偏執

症候ともいえ、さらに特殊解にしなければ存在理由(アイデンテイティ)を保持

できない Inferiority complex のうらがえしになった Superiority complex

と見るが・・・

いうなれば伝統技法などと、つくり手の言うことをメディアが受け売りしてい

るだけの代物で、近現代の個の自由な精神の自立に呼応する作法にとっては、

ハンドソーン・ウエルテッド プロセスは、個をフレームワークに押し込める先

達の保身技法にすぎず、もはや考古学的技法という方があたっていると思うが

いかがかな・・・

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06/12 pm 11:30

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