2010/ Jun _ 05

靴をどう評価するか/靴は 歩きの構築体

あらためて靴の本意、本義を質さなければならないが、今まで事あるたびに述

べているので省くが・・・とスルーしたが、このことは手づくり靴の本意、本

義として、くりかえし俎上にのせなければならないと思いかえし記述すること

にする。

靴の本意、本義とは、自らの思だけでなく、だれにとってもそのように思うで

あろうし、なぜそのように思うかセオリーとしてだれにでもわかるような仕方

で論証しなければならない。

靴のつくり手は、なに人も枝葉の茂みにかくれていないで「わたしは、この思

い想いをもつて靴づくりをしている」と根幹をしめさなければ評価のしようも

ない。その見本は、ハンドソーンウエルテッドの底付け技法にこりかたまつい

る連中である。この技法が靴の本意、本義にかんがみ、なぜ靴技の極まりなの

か、たんに巷間いわれているだけでないのか、十分納得させてくれるアナウン

スがつくり手から、だれひとりいないのも不思議でなでならない。

たんに同類の楽屋落ちに、これは商売になるとメディアが同調し騒宣している

幻想にのっかったまま靴をつくっている人の、イヤッになるほどなんと多いこ

とか。

靴業にかかわって40年、これまでの靴、今の靴、とくにだいじなこれからの靴

についての主旨を明快に質す論を目にしたことがない。

靴足分ひとりでつくる人を職人とし、分業でたずさわる人を職手と分けるが、

いずれの人たちも既製靴というフレームワークの靴技の達人で、ただ技能技芸

を競うことをよしするが、人の足は千差万別フレームワークにおさまらないと

いう自明のことに思いがいたらない。

そのような思い想いにいたらないのが職人というもの・・・と身も蓋ももない

ことになるが・・・いいかえると個々人の身体差異(身)にまで思いがいたらな

いのがほとんど(蓋然)だとすると、あながち言い過ぎでもないだろう。

それでも、だれが言うのか出所は不明だが彼の技能技芸に冠して「神の手」を

もつ職人などと、メディアもいっしょになって大合唱、拝めたてられて悦に入

る職人もいるが、このような古典的な職人像がいまだに靴のつくり手の願い

だとすると、チッョトちがいますよと言わざるを得ない。

透けてみえるのは、売り買いの市場にかかわにとって、とにかくヒーロー、ヒ

ロインをつくらなければ売りにつながらないので当然のなりゆきで、ただそれ

だけのことである。

先に「既製靴とコンシューマー(つくる人と使う人が別々)のあいだに『市場』

という幻想の物・語にふりまわされるが、手づくり靴とプロシューマー(つく

る人と使う人が同じ)のあいだには『暮らし』というリアルの事・語りしかな

い」・・・と述べたが、問題は既製靴の売り買いの「市場」は得てして「反社

会的」行為におちいる倫理の欠落がある。これはもっとも憂うべき問題で、手

づくり靴は既存市場から離脱するのは、物欲望をかきたてる幻想市場にかかわ

るのではなく「人と人の間に暮らし(= 社会)」をおき、靴はなにをしなければ

ならないかを命題にするからである。

これからも、ことあるたびにくりかえすが、ワークショップの思い想いを新た

にしていきたい。

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既製靴をつくり市場とのかかわりを一義にする方法ではなく、手づくり靴で社会とのかかわりを一義として靴の本意、本義をつきつめ人、とかかわっていく方法の冒頭にかかげるメッセージ。手づくりの概念を [walking-tectonics note] moge process にして手わたしている。

手づくり靴はここからはじまる・・・

靴は [ 歩き ] の構築体ウォーキング テクトニクス [ walking_tectonics] と

考える。

[ 歩き ] の構築体とは、[ 足 ] と [ 靴 ] のいい関係を構築するコトにある。

その技事は、靴をつくる技法の修得にとどまらず、フットフィッティングと

グッドウォーキングの技法を融合し、歩行時の動的均衡をもとめて、足を傷め

ることのない靴を身体化しなければならない。

これが「靴の本意」であり、手づくり靴の技法領域である。

また、足と靴のいい関係とは結局、テクトニック カルチャー [ tectonic

culture ]とかかわってくるので、暮らしの意識と感性、美意識の豊かな個性

表象であればいい。

けして「売る前提」で靴はつくらない。

シューメイキング ワークショップ・モゲは・・・手づくり靴を縦糸にし、横

糸に社会とのかかわりを織り込んだ布で社会を包み込み、地域に根をおろし、

足と靴のいいかかわりを通して健やかな暮らしを共感共生する場を広げてい

く。

この生き方のスベ(=術)を具体するワザ(=技)を技術とみなし、靴作成の技法

は、あくまで技法であって技術とはしない・・・・・・・・主宰 勝見 茂

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06/05 am 11:00

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