2007/ Feb _ 22

「3万」という数。

20月18日、東京マラソンが行われた。

参加した人、約3万人。この「3万」という人の映像を目のあたりにして

「すごい数なんだー」とあらためて感慨する。

a b

左は東京マラソンの報道写真3万人がワンショットに入っているわけではないが、それにしても圧巻である。
右は、1981年春シーズンのパネル。シーズンプログラムの新作コレクション、男・女もので、それぞれ20型6色としてもサンプルだけで240足になる。それでも、これだけですかと聞かれることがある。そんな問いの答えは、これ以外に何がありますかとなどとムッとして云ったりする。

なぜ感慨したか端折って説明すると・・・

1963年に広告代理店を離職したのは、広告企画制作にとどまらず、個が自立

するにはクリエイティブ、マーケティング、プロダクトの能力を個の資質に

とりこみ統合しなければ獲得できないと考え、この3つの道程にそって仕事の

軸足を10年タームで、クリエイテイブから徐々にマーケティングへ、さらに

フロダクトへ移すタイミングを計っていた。

1965年頃、取引先に靴の大型チェーンストアがあり、それがキッカケで靴業

界と接点ができ、生来、靴好きもあって靴にのめりこんでいく。

1973年、10年限定のテストマーケティングとして「m o g e」を冠した既製

靴で市場参入した。

いよいよ、クリエイティブ、マーケティングを統合し、さらなるブロダクト

の領域への参入を果たした。

この時代の靴業界は、未曾有の好景気で、製造企業は「こんなに儲かってい

いのかね」という声がとびだすしまつで、熱海のホテルを借り切って問屋、

小売店を一堂にあつめドンチャン騒ぎ ? は言い過ぎだが、そんな企業も出て

くる、そんな時代であった。さらに1974年から77年にかけての3年つづいた

ロングブーツの爆発的ブームはさらに有頂天にさせるが、この時が戦後靴業

界が頂点にたった時で、ブーツブームが失墜すると、ブーツ一辺倒で深追い

した企業の倒産ラッシュを引き起こす。

このロングブーツ ブームが戦後靴業界の頂点で、以後年々、奈落へところが

り落ちづづけて今日にいたっている。

話の要点は、一人だけの企画問屋でも全国の小売店を集めることができる。

この先鞭をつけた「m o g e」の市場活動は、多くの企業でくすぶっていた

人たちのが、少人数で起業し続々市場に参入してきた。

そして原宿、青山界隈に40社ちかく企画問屋が誕生し、浅草の地場で旗揚げ

した企画問屋を束ねモゲが中心になって一大聯合をつくり、またたくうちに

浅草の大手問屋を凌駕し窮地に追い込んでいった。

靴のデザイナーズ・ブランドといわれた時代の幕開けである。

先日も、イタリア・タンニン鞣し協会のイベントで、久しぶりに顔を合わせ

た、かっての戦友というべき中澤寧乗 (ネイジョープランニング代表)とヒコ

ミみずのシューメイカーコースの学科長の渡辺勝さんとの談笑で、時代との

兼ね合いがあるにしても、かってのデザイナーズはクリエイションと相まっ

て、なみはずれたマーケティング能力があった。今のデザイナーさんには、

靴さえつくれれば良しで、マーケティング能力の欠如が市場参入できない原

因でなかろうかと申し上げた。

「3万」という数にたいするの感慨にもどろう。

この「m o g e」ブランドの既製靴時代は、10年間のテストマーケティング

のいう括りのために人を増やすことをせず、一人でデザインワークをやりな

がら、サンプル作成の打ち合わせをやり、さらに工場に流れる生産管理に目

をくばり、あがってきた靴を全国の取引のある小売店への発送業務をしなが

ら、営業もこなす。この2つの業務を2シーズン重層させながら年6回のシーズ

ンプログラムを何役もこなし10年間つづけた。

この10年間のテストマケティングで、年間の販売足数が、年「3万」足を超え

ることが幾度かあつた。

東京マラソンの参加した人の数だけ「m o g e」の靴を履いたことになり、

その数の視覚効果を目の当たりにしたので「すげなー」というだけの話であ

る。たつたそれだけのことで、ここまで引っ張ってゴメンなさい。

1983年、10年間のテストマーケティングにピリオドを打って、既製靴に見切

りをつけ、10年刻みでクリエイティブ、マーケティングと遡ってきてプロ

ダクトが土壇場で「既製靴」ではなく「手づくり靴」になつたのは、個が自

在に生きるには、既存の仕組みに寄りかからず、仕組み自体を自分でつくら

なければならないと、この10年のテストマーケティングでの経験が教えてく

れたからである。

年間、3万人の人たちが「moge」の靴を履いて一堂に会すると、こんな状景

になるのかと、あらためて「すげー」と圧倒される。

しかし、これ以上小さな単位がない一人でも、「3万足」売らなければ仕事と

してやっていけないのか、なぜ必要な人に必要なものだけつくり、そのこと

で仕事が成り立つ仕組みができないか。このささやかな思いが24年たった

2007年、モゲワークシヨップでつくられる靴は年、多くても600足たらず

で、そのほとんどは自分の履く靴を自分の手でつくり上げる人たちの靴であ

る。

「3万足」から「600足」とつくる数は50分の1とすくなっなったが、生きる

自在は計り知れない。

よく、このような時代に「神さま、かくも自由が許されるでしょうか」と問

いかけることがある。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(初稿) 02/22 pm 04:00

カテゴリー:日々考日 | Edit