2007/ Feb _ 14

地を掴む。

よく本屋で書籍の表題を目で追っていると、自分宛に書かれた手紙のように

思えて表題に手がのびることがある。日頃、あれこれ去来する思いをカチッ

と言葉にできないことを、もしや、的を得た言葉で輪郭をはっきりさせてく

れるのではないかと直感するからである。

不思議といつも期待どおりになる。その直感が外れないうちは、まだ現役に

ぶらさがつていられると思っている。

その2冊の新書版である。

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「美しい日本の身体」矢田部英正著・ちくま新書 ¥700円税別

日本古来の身体技法が見直されている・・・形を練り、整え崩し「たたずま

い」としてあらわれる・・・身体がおのずから発する美しさとは何か・・・

伝統文化を渉猟しながら日本人の身に沁み込んだ立居ふる舞の美学を再発

見する・・・とあるように日本人の「しぐさ」の美しき由来をときあかす書

になっている。

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「骨盤の話」寺門琢巳著・幻冬舎新書 ¥700税別

健康な骨盤が周期的に開閉を繰り返しているのを知っていますか・・・身体

の不調は、この骨盤の開閉不全からおきることがあるその因果を読みとるこ

とで心と身体の不調を改善し大きな病気を未然にふせぎ日々健やかに暮らす

ことを願う書になっている。

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「骨盤の話」は後日にまわすとして・・・

まず「美しい日本の身体」は、暮らしでのしぐさは、身にまとうものによっ

て形づくられる、とくに和装 = 草履での立居振る舞いに優美をみいだすの

は、なにも戦前生まれの感傷ではないだろう。

目次を見ると・・・

和服のたたずまい
「仕草」の様式
身に宿る「花」の思想
日本美の源流を彫刻にたずねて
日本人の座り方
日本の履きものと歩き方
基本について

・・・とつづくが、6 章の「日本の履きものと歩き方」をみつけ、やっぱり

あったと、知りたいことを呼び込む感の確かさをあらためて錆び付いていな

いと思っている。こんなことが幾多もある。

戦後60年、洋装化にともない靴を履く暮らしになってから、立居ふる舞い

はともかく、靴による足の働きの劣化は目を覆う事態になっていることは、

だれもが認めざるを得ない。

足の働の劣化の元凶は・・・

足に合わない靴にはじまり、前足部と後足部の均等荷重を無視する靴、甲部

と踵部の2部位支持がない構造不全の靴。

結果、足が靴の中で留まらず過負荷になり、アーチ部が不全になり、さらに

足趾の働の不全を促し、歩行不全をもたらす。

西洋化以前の日本人の暮らしをささえてきた履ものは、靴にくらべれば足の

働を自然にそわせたものであったと理解している。

足部の不自然な不均衡は脚部から腰部を経て身体の上部へと偏りが大きくな

り歩行不全、歩行障害など身体という自然体を大きく崩していく。

街中で歩行観察すると、いかに美しく装いごとしていても均衡ある自然体で

美しい歩きをする人が皆無という現実をどう受け止めるか、手づくり靴にか

かわるものとして、嘆いているわけにはいかない。

自然体であることが健やかな身体であり、暮らしの身体であるはずである。

「美しい日本の身体」で、古来、日本人は、アーチ部、足趾の機能を十分に

引き出す履もが日常履きであったことを知るにつけ、近代といわれる時代で

ありながら、足の働の不全を促する履ものを平気で履いているのをみるにつ

け近代とはなんぞやという疑問がよぎる。

下の一文は「日本の履きものと歩き方」からの要旨に同じ思いを補足したも

のである。

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履ものは、自らの暮らしに根ざした形のなにものでもなく、足は土にまみれ

強く地面を踏みしめ掴み身体を働かせていた。

地下足袋のように滑り止めをつけ素足の感覚で地面を掴むことができる。高

いところで仕事をする大工や鳶職は地下足袋の足裏感覚はなくてはならな

い。運動靴では代用できない。職人の道具には、これがなければ仕事になら

ないという「生きることの中から生まれた機能が形となる」とある。

ひるがえって現代の履きものは、どのように歩き動作するかの事柄、暮らし

での身体性の働が無視されている。

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草蛙、草履、足半の順 ( 「美しい日本の身体」より )

かって身体を働かせる履きものに [ワラジ = 草蛙] と [ゾウリ = 草履] があ

るが草蛙には、後足部を括りつける紐で踵部がしっかり支え長旅に耐える工

夫がある (甲部と踵部の2部位支持がしっかりそなわっている)

草蛙と草履の「鼻緒のすげかた」にも違いがあり・・・

草履は台座に足裏全体が載るよう母趾球あたりからすげられているが、

草蛙は台座の先端にすげられ足の指は台座からはみ出して、足指で直に地面

をつかめるので地面を踏みしめ飛びはねたりする動作に対応できようにして

ある。

さらに機敏な動きを得るために「足半」といって、鼻緒は草蛙と同く台座の

先端で土踏まずまでしか丈がなく足指と踵部は素足で地面に触れ草蛙より履

脱しやすく、草履よりもはるかに身体の動きの早さが増すので文献によると

織田信長は、大音声に名乗り太刀をあわせる戦いの作法を否定し「足半に礼

儀なし」というそれまでの合戦の作法をかえる格言をのこしている。

剣道、柔道、相撲といった日本の伝統の武芸、格闘技の基本姿勢は「母指に

力をいれる」つまり足の拇指球に自然と体重がのるような立ち位置を覚える

という「身構え」が基礎であって、身体的には「足半」を履いたときに導か

れる姿勢、動作と武芸ことをおしなべて指摘する。

西洋の靴は、足全体を覆いいながら踵の部分を補強し、ヒールを施すという

伝統をもつのに対して、日本の伝統的な履きものにはそうじて爪先に鼻緒を

突っかけて歩く特徴がある。このことは、日本人が古来、足の「母指球」に

体重をのせた立居振る舞いを重んじてきたことを如実に物語っていて、足半

はその身体技法の特徴をもっとも簡潔な形でつたえている。

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足趾は地面を掴み歩く。

この地面を [ 掴む = グリッド ] という言い回しが中々理解されない。既製

靴は長い間 [ インソール = 中敷 ] は革一枚敷くだけであつた。しかも滑り

やすい革のギン面を表にして、その上にオーバーサイズとなると足は靴の中

で滑って掴みどころがなくなり歩行機能不全になるのは当然となる。

歩行機能を削ぐわないで、足の働を良く引きだすには、靴はフット フィッ

ティングが万全であり、甲と踵の2部位支持の構造で、アーチ機能を保全

し、足趾が十分に機能する [ インソール = 足底挿版 ] を装着することが順

当となる。

洋装化、既製靴化以前の時代は、草蛙、草履、下駄など生きることの中から

生まれた機能が形となり、暮らしでの身体の立居ふる舞が形を生みだす。こ

の時代には、日本にも履きものの文化といえるものがあったのにと感慨す

る。

名称未設定-2

左・足半、右・3軸アーチパッド ( 足半は「美しい日本の身体」より )

とくに驚くのは「足半」の形状である。なんのことはない足底挿版でつかう

[ 3軸アーチパツド ] に鼻緒をつけた格好である。

3軸アーチパッドは3つのアーチ・・・内側縦アーチ、外側縦アーチ、横

アーチを支持するバッドで装着すると歩行機能をが補助され歩きやすく、運

動学的な歩行の動きを勧めることになる。

歩行時の踵接地から立脚中期まで 、外側縦アーチの後足部分が回内方向へ

作用して足部の過回外を防ぐことになる。立脚中期から足先離地までは、と

くに母趾、2趾を働きやすくする。

[ 3軸アーチパッド ] も「足半」も母指球に体重をのせグリッドする足趾の

働を促する歩行具といえるが、きょう日、靴のつくり手も履き手もアーチ機

能を保全し足趾の働を活することが靴にとって必須の条件などと知るよしも

なく、今日もヒョコヒョコ浮き指、ベタ足で往来している。

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(初稿) 02/14 pm 04:00

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