2006/ Oct _ 02

マイスターは踊る。

独・マイスター制度のついて東京新聞の国際版に三浦耕喜の署名入りで、

「危機 ! マイスター養成校・学級崩壊相次ぎ警察監視も」2006年4月5日。

「マイスターの夢追う日々・独で日本の若者奮闘」2006年9月27日。

同じ新聞の同じ国際版に同じ記者の執筆で独・マイスター制度の「陰」と

「陽」の2つの記事が掲載された。

日本では、独・マイスター制度は、国定制度としてでなく、地域行政機関の

商業振興 (横浜マイスターとか神戸マイスターなど)や製靴養成校(マイスター

コース)などで、たんに形容詞としてつかわれている。

日本では、マイスターの言葉は、その道の熟達した職人「匠」というイメー

ジが定着しているからである。マチ中でも、あちこちで「マイスター」の言

葉だけが勝手に増殖し踊っている。

問題にするのは、いくつかの製靴養成機関がマイスターコースと前面にだし

て、たんに形容としてイメージだけを窃取し、あたかも制度のごとき印象を

植え付けていることである。まあそんなところはいい加減なところだが、も

のごとを読み解く能力のない人たちには制度と勘違いすることを期待してい

るのだろう。

この記事はとても、同一人物の記事とは思えない。

マイスター養成校の教育システムの危機的状況の「陰」の部分を取り上げ、

ドイツはマイスター(親方)の国であり、さまざまな手工業にマイスターの資

格試験を課して伝統の技を守っていると「陽」の部分を持ち上げて、その親

方のところで修行している日本の若者の奮闘記である。

どんな分野でも「陰」「陽」はつきものだが、独・マイスター制度の危機的

状況は、そんな生易しい問題ではなくドイツの教育システムそのものの危機

であり、その変革を強いられている。

その制度不良の仕組みで技術修得に励んでいる日本の若者のいく末はどうな

るのだろう。

けっかマイスター制度は大幅に改革がおこなわれ、靴では整形靴だけがマイ

スター制度として残り一般靴は、新しい技術と伝統技のはざまのなかで制度

として疲弊し現実的でないとされてい廃止撤廃された。

記事の正確さを期すなら、「靴づくりなどの修行に汗を流している」とだけ

でペンを止めないで、さらに踏み込んで失業問題の深刻さを増しているドイ

ツで外国人がはたして就業できるのか、その以前にドイツの技能教育システ

ムに外国人が参入でき資格を取得できるのかなど、紙面が国際版なら、安易

にトピックス扱いにとどめないで、マイスターの実像の正確な骨太の情報を

伝えてほしいものだ。あれもあるこれもあるのでなく、もっと筆致に責任を

もってほしい。

マイスターの資格をもつ親方の所にいたというだけで帰国後、堂々とマイス

ターを冠しイメージだけが一人に歩きしないように、マイスターのあいまい

さを絶たなければならない。

マイスターコースなどと前面にだす製靴養成校の次元の低さが、急増する多

くの製靴養成校のレベルをあらわしている。

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(初稿) 10/02 am 06 : 00

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