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2006/ Feb _ 17

悼む。

2月16日早朝高田喜佐さんが亡くなった、

病気療養に専念するために「K i s s a」ブランドをしばらくお休みする・・・

と知らせがあったので、喜佐さんと親交の深い赤嶺勤さんのところに容態を

聞きにいった矢先のファックスである。

無念である・・・

靴が面白いと思ったキッカケは、喜佐さんが1966年頃の個展「靴のファンタ

ジー」に出会ったからである。生涯、靴に「華」をそえた希有のシューデザ

イナーとして、靴にかかわる人たちには忘れられない人である。そして喜佐さ

んの背中をみつめながら多くのシューデザイナーがあとにつづいた。

モゲもそのひとりである。

モゲはかってカートゥーニスト ( マンガ家 ) だった時代に、夜な夜な吉祥

寺、西荻窪周辺を飲みに誘ってくれた塩田英二郎 さん( マガジンハウスが平

凡社といっていた時代に100万部以上売る雑誌「平凡」の人気青春連載マン

ガ「夢見るユメ子さん」の作者。「平凡」は「平凡パンチ」になり「ポパ

イ」につながっていく) の妹さんが詩人の高田敏子さんで、その娘さんが喜佐

さんであった。

塩田英二郎さんのいちばん弟子であった桜井勇さん (モゲと50年来親交が

つづいているマンガ家仲間のひとり ) の父方が靴職人だったのも何か靴にま

つわる因縁を感じる。

喜佐さんがエッセイストとして著書を上梓されているのも母方の文才

をひきついでいるのであらう。

いままでに、これほどの笑顔の美しい人を知らない。祭壇で手をあわせながら

「同世代に喜佐さんがいて、ともに同時代を共有できた喜びと、励ましてく

れ、だれからも愛された喜佐さん、日本ではじめてシューデザイナーの道筋

をつけ、靴だけにおさまらない多才の喜佐さんを、みんな誇りに思っている。

けして忘れません・・・とさいごの別れをした。

P1010085a P1010084a (旧工房での催事にかけつけてくれた喜佐さんと・・・)

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(初稿) 02/18 am 09 : 00
(脱稿) 02/18 pm 01 : 00

カテゴリー:日々考日 | Edit