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2006/ Feb _ 20

自然の流れ。

同じ無印良品でも店によって対応の感じがまったく違う。このようなチェー

ンオペレーションの店は当然、店員は業務、接客はマニユアルによってコン

トロールされている。いちばん利用するのが、近場のベルコモ裏手の北青山

店である。開店いらいだから相当年数だろう。それだけ通っていれば、そこ

には親しさという感情が、互い分かち合える、かかわりがありそうなものだ

と思うが、未だに自動販売機を利用する、あの感じである。

機械はこちらも無視すればいいが、人との対応はそうはいかない。感情とい

うものがある。

いっだったか「キミは自分の言葉をもっていないのか」と、ついなじったこ

とがある。受け答えが、多分マニアル通りで、その販売員にはなんの落ち度

はない。当人もマニアル通りに仕事をしているのに、なんでなじられるのか

わからなと思う。

しかし一語一句、マニアル通りだといらいらしてくる。ある時、自宅のある

鵠沼への宅配の手続きをしていると、「ワタシも鵠沼です」と私語をはさま

れたときに、たった、この一言の私語が妙に嬉しくなる。こんな感情のやり

とりが人と人のかかわりにはなくてはならない。

スペシャリストのコンセプシャルなマニュアルコントロール・シヨップの限界がこ

こにある。いくら能書きをこねたところで、客との接点をもつ人が血のかよってい

ないロボット化することがマニュアル・コントロールダとしたら元の木阿弥にな

る。

同じ「無印」でも藤沢店の笑顔をたやさない,明るくきびきびした店員の対応

は、いついっても気持ちがいい、これが同じマニュアルコントロールの店かと思う

ほどである。北青山店の冷たさがなく、店に一歩はいると暖かくなる。

あるとき、北青山店の壁面に色々な動物の足形をあしらったポスターが掲げてあつ

た。靴の仕事をするものにとつては無性に欲しいポスターである。

b_060220a (これが、そのときのポスター )

さっそく「無印」の広報に頼みこむと、在庫が無いので、いずれ店のポス

ターは変える時期があるので、そのときに店から貰って欲しいと言われた。

広報から店に、その旨を伝えて欲しいと再度頼み込んだが、直接交渉しす

ように言われので、北青山店にそのことをつたえたが「いつ変えるかわかり

ません」とけんもほろろの対応である。

藤沢店によった機会に、ポスターのことを思いだして頼み込んでみたら、気

持ちよく受けてくれ、注文書の受け取りをもらった。

まあー、頼んではみたものの最初から半分あきらめていたが、まもなく「ご

用意できました」と連絡があつた。

さっそく駆けつけると、厚いダンボールのポスター専用のパケージに収めた

ポスターを手わたされた。同じ店でも、こんなに手をつくしてくれる店とけ

んもほろろの店と、これほどの差があることに驚く。

いくらスペシャリストがコンセプシャルな店をつくり、チェーンオベレート

しマニュアルコントロールしたところで、店は人と人とを繋ぐ感情の 「場」

であることをどう考えいるのだろう。

それではとスペシャリストは感情を操作するマニュアルテクストをつくるこ

とを進言し、すぐつくるに違いない。

大掛かりになるほど、複雑になり、それぞれスペシャリストがしゃしゃり出

て、あーでもないこうーでもないと、ただかき混ぜているように見える。

そんなスペシャリストと称する人たちをかき集め、代行させ、あらゆること

が手元をはなれ、遠くなり、なにも見えなくなっている。

「無印」をはじめ、多くのチェーン店のように、同じ看板をあげさえすれ

ば、すべてコントロールできると思い込むところに無理がある。

スペシャリストのように、商売用語を駆使し、ことごとくでちあげる手法に

嫌気がさして、一人の手のうちの小さな器で、手のとどく距離で、自分の在

り体を素直に自然にふるまえる手仕事にいきつくのは、水が高いところから

低いところに流れるように、極々、自然な気持ちの流れである。

手仕事をしていると、増々、表参道ヒルズもそうだが、大型のコンセプシャ

ルな施設を避けながら歩いている。

いくら避けて、原宿の「けものみち」・・・原宿の古い住人しか知らない裏

道・・・に逃げ込んでも、こなな処までと思うほど今の原宿は暮らしの深部

まで商業が入り込んでいるのに驚く。

原宿から北青山の閑静な処に仕事場をうつしたのは、いい潮時だったかも知

れないが、居は、まだ「表参道ヒルズ」の裏手にある、そろそろ逃げ出そ

うかと思っている。

手仕事は、作為 (コンセブト) の必要がない。自分の気持ちに無理しない・・

「自然の流れ」にそった正直な身体の感覚を信じてこれからも生きる方位

を手でさぐっていきたい。

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(初稿) 02/20 am 05 : 30

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