2005/ Jun _ 28

リアルを欲望する。

八百屋の前を通る。店頭で人目を惹くのは「キュウリの新作コレクション」

野菜もモード化して、デザイナーズで括られ、今年も「斬新」なデザインが

豊富に出そろい華やいでいる。ベジタブルモード・マガジンのページを開く

と、今年の傾向はと、微に入り細にいり解説されたベジタプルパリコレショ

ンの特集が巻頭をかざっている。

八百屋のおやじさんは、野菜のセレクトショップのオーナーとして脚光を浴

びている。

「キュウリ」は細長いものだったと知る人も少なくなった。

遺伝子組み換えで「キュウリ」の生の味すら遠い過去のものとなっている。

高価なブランド野菜は、もはや食べるものでなくなり、アクセサリーショッ

プのウインドウで陳列されるようになった。

野菜を華やいだ「魅力」を脚色することだけがデザイナーの仕事である。

しかしデザイナーは、架空の物語を途切れることない再生産をつづけなけれ

ばならないことに疲れている。

赤ちょうちんの一杯飲み屋で、つきだされた「モロキュウ」の強烈なキュウ

リの生の匂いかいで元気にならなければならない。

「生」の現実 = リアルを身体で感じ取ることなく生涯をとじてはならないと

すると「生」を、幻想のなかだけに、いつまでもとどめておく作業をしてい

られない。

ビールは「生」を全面に打ち出すが誰もビールの「生」とはどうゆうものか

知らない。「生」といっているのだから「生」なんだろうと思っているだけ

の世界に生きているが、そろそろ、このような「脚色」された幻想を頭で演

じることを拒否し、もっと生身の感覚をとりもどし、忘れている「生」の記

憶を思いおこすことこそ、今、つくり手がなさねばならない作業だと思って

いる。

幻想を拒否し、手の作業にもどり、手の感触でつかむことのできるリアリ

ティーを欲望する。

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