2005/ Jun _ 24

希望という地平 25

自分で履く靴を自分の手でつくりたい人と靴づくりを手ほどきしながら、共

につくる = ディヤーズ。

頼まれてつくる靴は、履く人の足を思い、手をつくしてつくる = オーダー。

この2つのコトガラを仕事にしたい人に、仕事になる技術を手わたす = ワー

カーズ。

ディヤーズ。オーダー。ワーカーズ。この3つが自然にカタチづくられてき

た。

手づくり靴ブームなどと囃したて、就業不振の実体を目隠しながら、靴難民

を荒涼とした地平に追い込んでいく、なんの躊躇もない即製靴づくり養成機

関とちがい、手づくり靴が仕事になる道筋を自然発酵させ熟成してきた、こ

の20年間の蓄積は、他の追随をゆるさない重みがあると思っている。

手にさかわらず、手のおもむくままに、手を働かせていたらモゲワークショ

プは自然にこうなっていた。

頭で、意識をもって、ねじり鉢巻で頑張ってコトを成してきたわけではない

手づくり靴は、「靴をつくる工房」ではなく、人が集まる「暮らし工房」で

足と靴のいいかかわりをみんなで考えていく「場所」なのだ。

この「場所」に在るのは、ただひとつ自由と共生の仕組みである。

業界の仕組みの圏外で、好きな靴の仕事を「自由」に、かかわる人たちと

「共生」する。この仕組みの「凄さを」がわかるだろうか。

靴を生業として、靴で糧をえて、それなのに靴業界の市場の仕組みに属して

いない「自由」

売ることを考えて靴を一切つくらない「自由」

必要とする人が必要とする靴しかつくらない「自由」

何よりも自在である「自由」

ひとりの力を生を存分に生かせる「自由」

あげれはきりがないが「希望という地平」とは人が求めてやまない「自由」

の大地なのだ。

手づくり靴が仕事になるのはは、ディヤーズ、オーダー、ワーカーズ。この

3つで組み立てられているが、もう1つのコトについて次に述べてみよう。

次回で「希望という地平」は終わります。

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