2005/ Jun _ 07

希望という地平 13

業界を離脱しなさい。

自分で仕事になる仕組みを自分の手だけにに托しなさい。

売りモノを一切つくらないで、コトガラをいっぱいつくりなさい。

そしてなにより自由で在りなさい。

こういう言い方をすると、売りモノである靴をつくらないでどうやって仕事をす

るんだと、既存の枠内でしか物事を考えられない人は混乱する。

既存の枠に囚われない人は、いつも靴により近づくと同時に、いかに靴から遠く

はなれるか、そのことで靴を全方向からいつも見ようとする。

根っからの靴業界人が前者で、他業種から靴業界にきた人に後者が多い。

前者は時代を透視し、これからを見抜く能力に乏しい。後者は、つねに時代を透

視し、これからの生き方を創る能力に長けている。

前者は見るところ、荒涼とした平地で打ちひしがれている。後者は、とっくに自

由の翼を一杯にひろげ、希望という平地の空をゆうゆうと飛行している。

この違いが・・・

業界を離脱しなさい。

自分で仕事になる仕組みを自分の手に托しなさい。

売りモノを一切つくらないで。コトガラをいっぱいつくりなさい。

そしてなにより自由で在りなさい・・・となる。

「創る =アート」とは、つぎの時代を「生きる技術」の創出と理解している。

とすると、「生きる技術の創出」はなにもモノのカタチにとらわれる必要はな

い。力のあるひとつの言葉でもいい、「新たな仕組み = コトガラ」でもいい。

とくに美系の教育機関を経てきた人は、なぜモノのカタチにこだわるのか、

そのカタチカラから「未来のカタチ = 展」をみせてくれるのか、ほとんどが、たん

に自己の趣味領域を押し付けているにすぎない。そんな「○○展」は「展」に価

しない。

靴材料の仕入れや催事やらで浅草詣を頻繁にするが、地下鉄の浅草より3駅ほど

に掲示されている三善堂という仏具屋の電飾看板に・・・

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「心はカタチをもとめ、カタチは心をすすめる」

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とある。まさしく「生きる技術の創出」の言葉である。

sanzen

この言葉に耐えられる「○○展」をしなさい。

よく取材者にモゲさんの「作品 = 靴」をみせてくださいと言われるが、「この

工房が私の世界です」と答えている。

手づくり靴に作品はいらない。

手づくり靴は、暮らしの用美を追い求める。

つづく。

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