2005/ Jun _ 05

希望という地平 11

「レマン」はフランス語で「手」。30代「レマン」にはじまり、50代に「手」

にもどり、それから20年、手に導かれ、手に教えられ、手が教えてくれた道筋

に沿って、淡々と日々を重ねてきたらモゲワークショップになっていた。

ただし、クリエイティブ、マーケティング、プロダクト、コミュニケーションを

個人の能力に統合すべく30年をかけ、その能力が方位をさだめてくれた。

その道筋は。けして平坦な一本道ではなく紆余曲折するが、岐路に立ったとき目

を開かせてくれたのは集まった人たちである。

道の行き先にはある境界で留まっているわけにはいかない。

この境界線、つまりこっち側からあっち側に越境する決断がなければ、荒涼とし

た地平から脱出はできない。

みたところ、この境界線が、見えない、分らない人が多すぎる。

この見えない、わからない人たちが靴難民となって業界を漂泊している。

その人たちとは、靴の技法を手わたす人と、技法を手わたされる双方の人が含ま

れる。

勿論、この境界は個人の自由にたいする度量衡によって見え方はちがってくる

が「より自由を」を手中にするには境界を越境しなければ、何も起こらないし、

なにも起こせない。

振り返ってみると、30代のはじめに集団の力に依存するのではなく、個が力を

つけなければ自由はない。集団主義から脱藩である。

これが越境のはじまりである。境界から境界を「しがらみ」という追っ手をのが

れ逃亡する。以前に一文を呈した「逃走のすすめ」は言いかえると境界を突破す

る越境のすすめでもある。

この境界線が、見えない、分らない人が多すぎる。

自分がもとめる自由の度量衡にしたがつて、なお靴の仕事をつづけたいなら、ま

ず靴業界という境界線の外に一歩ふみださなければ希望という地平にいきつくこ

とはできない。

業界の既存の仕組みが絶対であり、業界から離脱するなんて考えもしないのはど

うしてだらう。

もはや既存の仕組みこそ「荒涼とした地平」なである。そこの住人であることが

問題なのだ。

金魚のフンよろしく、いつまでも業界という尻にくっつてい居るのだろう。

だから八方ふさがりになっていることに、どうして気がつかないのか理解できな

い。

シューフィル・ライブに集まりに出て、業界の亡者の御託を聞いたところで、そ

こに、どんな「希望という地平」がみえてくるというのか。

業界という業界線をまたぎ、それでもなお靴の仕事をする。

その仕組みを自分でつくれないかぎり「希望という地平」は見えない。

つづく。

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