2005/ Jun _ 03

希望という地平 09

「希望という地平」の表題にはいってから、今日で9回になってしまった。

始めるときは。せいぜい5、6回ぐらいかなあと思っていたが、まだまだ続きそうだ

それがブログのいいところだと思っている。

主体的にこうしょをとしていたわけでなく、ともかく「手」に託してみたら、手に

導かれ、手に教えられ、手が教えてくれた道筋に沿って、淡々と日々を大事にし

てきただけである。15年後、気がついたらモゲワークショップになっていた。

何かするときは、それなりの決意と段取りを考え、その通りにやり上げ努力してい

くのが仕事の方法論であるはずなのに、こうなっていた。手をひかれ、手につい

てきただけなのにという思いである。

しかし方位をみきわめる知見は、生きてきた履歴、職歴が定めてくれたと思って

いる。

履歴、職歴でつかんだコトガラとは、企業を存続させる要素は人が要だが職能と

するところは、クリエイティブ、マーケティング、プロダクト、コミュニケーションの

能力を統合することだから、その能力を個人の能力として統合すれば、集団の

力に負けることはない。

この考から、1969年広告代理店を辞して、原宿・セントラルアパートにつくった

広告制作会社をクリエイティブ & マーケティング・エージェンシー「レマン」と称

した。

当時の広告制作は、アート、コピー、CM制作がそれぞれ独立分門であったがアー

ト・ディレクターがしきっていた、それまでの雑誌、新聞といった媒体の主体がTV

媒体に移行してきて、アートディレクター制の方法論ではおさまらなくなっていた

TVCM制作者としては広告代理店のこの実情に我慢ならなかった。

その想いがクリエイティブ & マーケティング・エージェンシーとなった。

個人の能力としてアート、コピー、TVCM制作を統合し1963年に、今では当たり

前のクリエイティブ・ディレクター制をとつた。さらにマーケティングの能力をも

統合すれば個人でありながら企業体となりうる。

思えば、20代から30代はクリエイティブに主体を置き、40代にはマーケティング

に軸足を移しコンサルティション業務と平行させてテスト・マーケティング

「moge」ブランドをたちあげ、靴との係わりから50代でプロダクトを靴にさだめ現

在にいたる。

今、振り返ってみても、この軌道は、自分でいうのも厚かましさ承知で云うが、時

代の先見の方位に沿っている。

マーケティングを取り込んだクリエイティブディレクター制。

少人数の企画問屋。

そして今、汎用とて、手づくり靴が仕事になる仕組み。

つねに時代の節目を、ちゃんと見据えていた。

よく職歴から、なぜ今靴なのと不思議顔で尋ねらけるが、代理店という集団を

辞して個人にたちかえった時、個人が力(集団と拮抗できる能力)をもつことの

強さに賭けて、クリエイティブ、マーケティング、プロダクト、そしてそれを束ねる

コミュニケーションの能力を10年刻みで積み見上げてきた証が今、手づくり

靴なのだ。昨日、今日の「もやし」(こんな栄養価のたかい野菜には申し訳ない

が、ただひょろひょろと育つ様子を借りただけ)のような人たちと、

「こちとらは、年季と筋金がちがうわい。」 べらんめえ口調になってしまったが、

まだまだ元気なところを見せているだけである。

全ては、広告代理店という「藩」を脱藩したときの、威勢のいい啖呵を40年かけて

つらぬいたと理解してほしい。

「レマン」フランス語で意味は「手」。「レマン」にはじまり「手」にいきつい

て、40年で、また振り出しにもどったつもりでいる。

これから、さらに手に導かれて、どこへつれてってくれるか、楽しみである。

つづく。

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