2005/ Mar _ 30

透けて見えるもの

エスクァイア マガジン ジャパンの「LAST」 vol.5 ¥1219

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えい出版社の「デザイン・生活用品」 no2 ¥993+税

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クツをやっていると、同類の雑誌のメデイアの在りようは、どんなもんかと目を通す。

「通す」の音韻は「透す」ともなる。それでこの二つの雑誌を透かしてみると、何が見えて来

るだろう。

この手の雑誌の発行部数ではなく実売部数はさだかではないが、漏れ聞くには、10万部

以上を実売する雑誌は数すくないそうだ。かっては「アンアン」「ノンノン」など100万部

をこえる雑誌がいくつもあった。

今は売れて6、7万部、それ以下だと業界の関係者に行き渡る程度で一般の読者は無関係

というコトになる。

名のある月刊女性誌のなかには5千部なんていうのもあるそうだ。それでも毎月発行できるのは

広告費でまかなえるからだ。

その広告料は発行部数に比例して昔はきまっていたが、今ではイメージがよけれは良いとする

ので発行部数は関係がなく読者不在のブランド・カタログ雑誌になっている。

だから今の雑誌は、どのページもブランドの包装紙を綴じただけとなる。

「LAST」 はクラス・マガジンの 「エスクァイア」の臨時増刊で5号をかぞえる。

おやと思ったのは、「既製靴特集」と銘をうっているコトだ。

今までこの手の雑誌は、手縫い革底靴も既製靴 もひっくるめて、

みきわめのきかない取り扱い方をしていて、すべて手縫い革底靴と思わせる印象を与えてきた。

商売としては、その方が都合いいだろうが、

しかし今、社会問題をひきおこしている事件は、製造プロセスをあいまいにしているコトに起因してい

る。

既製靴は規格技法だから、すでに人の身体にたいして「負」を負っている。

どんなに美辞麗句で飾りたてても、おのづと限界があるのは自明である。この世界の人たちは、それで

も「究極の履き味」と臆するところがみじんも無い不思議な人たちだ。

それもこれも、このクラスのブランド・ロイヤリティの呪術のひとつだ。

性懲りも無く既製靴を「プレタ・シューズ」 と、「耳ざわりの良い」 フレーズに置き換えてきた。

きっとこのフレーズは、これからあちこちで、もてはやされるだろう。

この手の靴のプロセスを分節ごとに明確して、素人でもわかるように説明する責任があるというのが私

の一貫した主張なのだ。

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「デザイン・生活用品」 は、今はやりのライフスタイル・マガジンの範疇にはいる雑誌なのだ

ろう。

いつも思うのだが、暮らしは内向きのもので、内向きだから暮らしぶりのステキな人の感

性とか美意識に共感するのであつて、その人は、なにも外見を意識して気張ってやっている

わけでわない。

この手の雑誌で寵児としてもてはやされている暮らし作家を信用しないのは、この人たちの

暮らしが外向きになっているからだ。

その暮らし作家のひとり、本屋の平台でコーナーもある、旧知の高橋みどりにバッタリあったとき、

自分の暮らしをさらけ出すのは、つらいでしょうと皮肉をこめて問うたとき、

「私は、平気よ」と返ってきた。

この人たちは、どうも暮らしを外見にして気張ってやらせようとしている節がある。

この手の雑誌をフィールドに仕事をしている人、編集サイドを含めて俎上にのせたいと思っている。

私は、取材にくる人を、いつも逆取材してその人の資質をとことん問うコトにしている。

この号ては、ある手づくり靴を仕事にしている人を取り上げている。

手づくり靴を取り上げるとしたら、まず手づくり靴とその仕事の現在位置をどう把握している

か、その姿勢を見きわめなければならない。

この取材記事は、話をそのまま写しとっただけで、仕事をした気になっている。このところ、

そんな使い走りが多い。

この取材内容は、手づくり靴を仕事にする。仕事になる。ならどんなやり方があっても良いとは思って

いるが、

ただ、これから手づくり靴を仕事にしたい人に云いたいのは、

仕事をする仕組みを今までの仕組み (既製靴の市場) でやるか、

今までの仕組み(既製靴の市場)では望む仕事がきないので別の仕組み(自分り市場)をつくって

やるか、二つのやり方がある。

どちらを取るかは 「手づくり靴とはなんぞや」 という手づくり靴の意味をはっきりわからなけ

ればならない。このコトがわからない人が多い。

わかりやすく云うと石田光江語録にもあるように、

「足がなければ靴はできない」のが手づくり靴で、

「足がなくても靴がつくれる」のが既製靴になる。

この雑誌で紹介されている人の仕事は、今までの仕事の仕組みにのつた、手づくり風既製

靴で、俗に手製靴といわれ 「足がなくても靴ができる」 やり方で、手づくり靴を意味するもので

はないが、仕事になるなら、やり方として良しとしなければならない。

ここで考えなければならないのは、既製靴と云っても「手づくり風 」で雰囲気の違う靴を

やっていると云いたいだろうが、既製靴の今までの仕組みでやるからには既製靴と50歩100歩なのだ。

今までの仕組み (既製靴の市場) では先がないと感じるか、あると感じるかが、

これからの分かれ道になると思っている。

私は無いと見切りをつけ、新たな仕組み (自分の市場 ) を手づくり靴に託し、これからの道を拓いた。

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この blog を打っている部屋は工房から歩いて3分の所にあるが、

10の「スターバックス」に囲まれている。

青山通りと表参道の交差点店、青山学院大の側店、渋谷ツタヤ下店、ハンズ側店、神宮前6丁目店、

ファイヤー通り店、ベルコモの横店、骨董通り口店、骨董通り奥店、千駄ヶ谷店。

この中でいちばんのお気に入りは骨董通り奥店だ。今日は店全面に張り出したデッキフロアの

陽だまりでぽかぽかと、新聞を読みながらしばし、のんびりする。

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