2005/ Mar _ 27

耳障りのいい言葉、

「あいまい」 な言葉が、耳障りのいい言葉になって、私たちの暮らしに氾濫している。

町で見かける、営業店のウィンドウに貼り出されている 「スタッフ募集」 のプレート もそのひとつ

だ。

目にするたびに 「いい加減なコトを云いなさんな」 といつも思っている。

「スタッフ募集」 と同じコトだが、クツ屋 の「デザイナー募集」 というのも、いい加減さにおいては

似たり寄ったりだ。

華々しいデザイナー募集でつり上げ、デザイナーになるには現場を知らなくてはならないと店に放り

込み、デザイナーの空きがないと云って1年も2年も販売をやらせ、あとはやめるのを待つ 「からく

り」 が頻繁に行われいる。「販売員募集」 では人は集まらない。

「スタッフ募集」 と耳障りのいい言葉でつりあげるのも同じコトだ。

おおかたの会社の経営組織は、

ヘッ ド = マネジメント の上位組織と、スタッフ・ワーカーとライン・ワーカー の二系統の下部組織

がある。

わかりやすく云うと・・・

スタップ・ワーカーは、会社の 「明日をどうするか」 に知恵をしぼるセクション、

ライン・ワーカーは、「今日の売り上げを精一杯あげる」コトに専念するセクション。

マネジメントにとっては、その日の売り上げが予算通りに上がってこないと経営に支障をきたす。

この命令系統はタテ系であり、命令は瞬時にライン・ワーカーの末端まで行きわたらなければなら

ない。

スタッフ・ワーカーは、頭をつかう働きで会社に貢献し、ライン・ワーカーは頭より身体の働きで会社

に貢献する。マニアル・ワークはライン・ワーカー故に必要になる。

ただしライン・ワーカーの ヘッ ド は売り上げの数字に責任がかかっている。

しかしスタッフ・ワーカーは、数字の責任はとる立場にない。

だから会社の営業活動にとってはライン・ワーカーが責任の中枢にいる。

日本的 「あいまい」 用語の受け止め方からすると、スタッフ・ワーカーの方がライン・ワーカーより

も偉いとされていて、そういう思い違いのイメージが利用されているにすぎない。

「スタッフ募集」 というのは、実は 「ライン・ワーカー募集」 と貼り出さなければならないのだが、

「ライン・ワーカー募集」 では人が集まらない。

全部、スタッフ・ワーカーだったら会社はなりたたない。

雇う方も、雇われるほうも、この「あいまい」を了解の上でかかわっているわけだ。

織物がタテ糸とヨコ糸が織りなして布のなるように、市場という布の上で商売するには、このヨコ

糸もなくてはならない。このヨコ糸系がスタッフ・ワーカーにあたる。

では 「スタッフ・ワーカー」 は何をするかというと、長期、短期の天気予報士みたいなもので、ライ

ン・ワーカーはその日その日のコトガラで手一杯、とても空 (将来) を見上げる暇がない。

ライン・ワーカーにかわってスタッフ・ワーカーは、長期、短期、明日の天候(市場動向)具合を的確に

予見して、転ばぬ先の杖の役割を果たすのが仕事となる。

市場動向に対して、その対処プランを長期、短期にわたって、ライン・ワーカーにアピールしつづけ

る。

スタッフ・ワーカーの提示するプランはライン・ワーカーにたいして勧告権をもつ。

「何年後には、こういう理由で、こうなるから、いまからこの点を是正し、この点に力点をうつす必要

があるよ」と云う具合になる。

勧告権とは、市場動向の変化についていけなくて業績が著しく低下した場合、起こるべきにして起こっ

た問題の処方箋について3年前からスタッフ・レポートがあったとしたら、そのプランを無視したライ

ン・ワーカーのヘッドは責任をとらなくてはならない。これが勧告権の意味である。

私が、同族会社の A ビッグ・シュー・チェーンのマーケティング・コンサルテーション業務に入った

とき、いちばん初めにやったコトは、このライン・ワーカーとスタッフ・ワーカーの 「あいまい」 を

ただすコトだった。

同族会社は、番頭さんをヘッ ドに日常業務のライン・ワーカーだけの、タテ糸系だけで成り立っている

会社である。

今事件の渦中ある「コクド = 西武」 はマンモス・ライン・ワーカーだけの働き蟻集団ゆえの破綻と

みる。

その A 社を10 年区切りで契約を解消したが、数年後、その会社に所用があって新宿営業本部に立ち

寄ったとき、ライン・ワーカーの ヘッ ドのデスクに、何年か前に出した レポートがボロボロになった

状態であった。ヘッ ド 曰く 「あの当時はわからなかったが、いま役にたたせてもらっています」 と

謝辞をもらった。

スタッフ・ワーカーとライン・ワーカーの違いを、例をあげて話してみた。

よく街頭キャンペーンなどて゜、「スタッフ」 のプリントをした揃いのユニフォームで、かいがいしく

働く人を見るが 、言葉の「カッコ」よさで 人を束ね働かせるのも、ありかな・・・と思いながらも、

この「あいまい」さは人と人のかかわりを基本的には壊しているコトに気がつかなければならない。

昨日も、「あいまい」 につてい述べたが、

どうも、この国は、「あいまい」 にすませるコトが美徳とする文化をどうにかしなければ、お先真っ暗

の観がある。

ここにもメディア・リテラシーの欠如が露呈している。

このスタッフ・ワーカーとライン・ワーカーの 「あいまい」 さをそのまま靴の養成機関にもちこむ

と、養成機関には、「既製靴専科」と 「手づくり専科」を明快にして、仕事のできる技能を、「はっき

り」 技術体系 しなければならないトコロにきている。

ひとつ、ひとつ納得のいかないコトを、自分の身じかなトコロから、「はっきり」させよう。

この blog は一貫して 「 はっきり」 させようよ・・・と云っている。

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