2005/ Mar _ 18

「赤い絨毯」

一時期、正味10年間、「 m o g e 」 ブランド既製靴の企画問屋をしたコトがある。

やめてからもう20年たつが、当時はシーズンプログラムにしたがって年4回から6回の新作展示会やっ

ていた。その展示会の話になる。

一回の展示会には、靴の型数が30位、男女同型だったから色のバリエーションをくわえると300足にな

る。

その新作サンプルに 発注コードをつけて、受注伝票を何冊もそえて置いて、展示会期間は会場に本人は

いない。問屋業も一人でやっていた。

当時、2、3人から多くても10人以内の企画問屋が青山、原宿界隈に40社近くあった。「 m o g e 」

はその少人数の企画問屋のはしりだった。

写真は新作展示会の風景。当時モゲショップは神宮前6丁目の明治通り沿いにあった。

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「 m o g e 」の営業方針はと問われたとき 「無愛想これにきわまる」 と答えた。

なぜ会場にいないのかは、「買いは自分できめなさい」というメッセージのつもりだった。自分でき

めるコトのできないバイヤーは来るなというコトだ。なぜそのようなコトをしかと云うと、

「あんな、とんでもないトコロで買えるか」の前提がまずあり、でもあそこの靴が欲しいという強い

要求を求めたからだ。

売り手と買い手のなりたちは、この強さがいる。

お世辞、揉み手、接待で買ってもらうコトにリアリティを感じない。

昭和一桁 (また出てしまったが勘弁ください) 生まれは、どうも良い状態より悪い状態のほうが情緒安

定する。つまり、いつも地べたにへばりついていたい。そこから下には落ちようがない。

来期のワーカーズの資料請求がぼつぼつ始まった。来期で1 7 期になるが、一度も送付する資料パンフ

をつくったコトがない。

資料ごときで何を期待するのかわからない。資料パンフなんていうモノは、破裂寸前の風船みたいに膨

らませるだけ膨らませ、あるコトないコト、いまだかってリアリティあふれる資料パンフを見たコトが

ない。

「リアルタイムでリアリティ」をもちこむメディアはHPのコンテンツしかない。

「資料でもとってみようか」程度に我慢がならない。

資料請求に対しては、毎年9月から月一でやる面接説明会にいらっしゃいと答える。

遠隔地なのでと云われれば、「それでは、しょうがないですね」と答える。

またHPをみてくださいと云うと「PCはもってません」と返ってきても 「それでは、しょうがないです

ね」と答える。

自分のまわりにPCをもっている人の1人や2人はいるだろう。

これから自分が求めるコトは 「意地」 でも喰らいつかなければならないはずだ。

何かを得ようと思ったら、全知全能をかたむけて対象にせまっていく気概を求める。

そうそう、こんなコトがあった、モゲで働かせてしださいという人が訪ねてきた。靴のコトは何も知ら

ないそうだ。

お断りすると、翌朝早々と電話があり 「断り方が納得いかない 」そうだ。会社というもは、

何も知らなくても入社してから、みんな教えてくれるものではないですか」と云われたが、とっさに

リアクションがとれなかった。

自分の歩く足元から「赤い絨毯」を敷いてもらえるというのがご時世なのかもしれないが、

こんな手合いは、自立するシゴト「手づくりクツ」は鼻っから無理というものだ。

「無愛想これにきわまり」この流儀は今でも変わらない。

それでもワーカーズが早々、定員になるのは 、

赤い絨毯の上を歩くのでなく、ジャリ道を 裸足で歩く「リアルタイムのリアリテイ」を求めている証だ

ろう。

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