2005/ Mar _ 07

久ぶりの浅草行き。

今日は、ポカポカした春日和、

平年なみの陽気だそうだが、昨日までかなり寒かったので、

ことさら気持ちのいい外出日になつた。

週間ゴトのシゴトの割り振りが決まっていて、それをこなしていると、

とても浅草に出向くコトができなくなって久しい。

このシゴトを始めた頃は、

新参者なので浅草とかかわりを深めるために、

ことさら顔をだすようにしていたが、

ここ2、3年の浅草行きは年に一度か二度位になってしまつた。

今日はその一度か二度の浅草行きの日になった。

ディヤーズとワーカーズが使う革素材の仕入れで新二幸へ。

16期生の道具類をお願いしているヤマトク。

それからクリッピングのサト企画へ表敬訪問する。

新二幸は35年前に数年間、シーズンごとの甲革企画のシゴトのかかわり以来のつき合いになる。

既製靴と違い、手づくりクツが使う甲革の量はしれているのに、

きめの細かい対応をしてくれるので、いつも感謝している。

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靴の産業構造は、なんだかんだ云っても既製靴の量産構造が支えている。

その構造のなかで手づくりクツをシゴトにするには、

いまでこそ少量対応してくれる環境になりつつあるが、

昔(15年前頃)は、かなり苦労したものだ。

サト企画のオヤジサンには、教わるコトが多かった。

今も若い世代に期待をもって、色々面倒をみている姿勢には頭がさがる。

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クリッピングも様変わりして、

製甲してから機械ズリしやすくためにクリッピングするコトが多くなつた。

手づくりクツの立場からすると、甲革をいかに虐めないないようにパターンメイキングの段階から

配慮するので、クリッピングはできるだけ避けたいが、

既製靴はの何でもクリッピングすしちゃう傾向は、ますます荒っぽくなつてきてるなぁーと思う。

ヤマトクのオヤジサンとは、同じ昭和一桁生まれだが、ずうっーと先輩にあたる。

製靴の道具をつくる職人も益々高年齢化がすすみ、

いつもながら道具のつくり手がいなくなつたらどうすると云うハナシになる。

昭和一桁生まれは、

かって農鍛冶、漁鍛冶を生業した鍛冶屋横町が町中にあつた頃の鉄の焼ける匂い知っている。

画一的な工業生産の道具は、その人なりの微妙な握りを無視する。

規格に統一された既製靴と、その人の足なりでつくる手づくりクツと同じ開きがある。

ヤマトクのお店(おたな)は、昔ながらの道具屋の威厳(オヤジサンに通ずる)があって、

クツづくりをはじめた頃は、かなり長い間、怖くて近寄れなかった。

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前日の日曜日、NHKの番組で「東京大空襲60年の被災地図」があり、

ちょうどヤマトクの所在地あたりが中心になっていた。

昭和一桁う生まれが会うと、かならずそれぞれの戦争体験のハナシになる。

オヤジサンの「東京大空襲」の生々しい臨場体験のハナシを聞くにつけ、

同時代を生きてきた共感にしたる。

もう浅草にきても同世代と会う機会が少なくなつて寂しいかぎりだ。

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