2008/ Jul _ 31
たった一人の反乱・・・おわり (脱稿)
よく仕事は仕事、生き方は生き方、と別々の事象だと器用に仕分けできる人
がいるが、どうしても・・・仕事をすることと、生きることは別々な事象だ
と器用に仕分けすることができないことが一つ。
それから、個が自在に生きる仕組みがなければ、大きな力との均衡を保こと
ができない・・・との思いを、ずぅーともちつづけてきた。
「集中から分散」集中する大きな力の支配を拒否、小さな力に分散し、小さ
くても、その数が集合すれば大きな力の支配を受けずに拮抗できる。「小さ
くありたい」個人の単位で小さくても自在に生きる仕組みでなければ一人仕
事の方位はない。
願いは「支配されたくない」思いが人一倍強いのは、ただ自分の気質にすぎ
ないが・・・製造企業が市場活動で存在をしめすのに不可欠なクリエイティ
ブ、マーケティング、プロダクトの専門技能を個の技能として統合できれば、
雇われない、雇わない、生涯一人だち仕事ができるはずと、人生をプロジェ
クトにみたて、、広告代理店を退社後、原宿セントラルアパートで立ち上げ
た広告と市場政策を統合した制作会社でクリエイティブを、広告制作から離れ
マーケティング・コンサルティーションを専業、契約企業でマーケティング
を、その企業のなかに靴業があり、プロダクトをテストマーケティングのつ
もりで既製靴市場に参入する。
40代で望みどおりに、雇われない、雇わない、一人仕事の目的を果たしたが、
それも10年きっかりに決別する意をかためたのは、まあ、一人仕事として職
能拡充という一定の成果は得たものの、そもそも、人生を市場に組み込みプロ
ジェクトとしてとらえ、己のなすべき目的の有用性のみをもとめたことが、市
場の論理というで大きな支配力の圏外にでることができなく、ここには、個
が自在に生きる土壌ではなかった。
己の職域職歴で培ってきた職能をなんの疑いもなくその延長線上で、己の人
生をプロジェクト化、マーケティング化、マネジメント化し、ひたすら既存
市場で「己」という一人称の成果にとどまっていた。
既製靴での10年は、取引先とは二人称の間柄だが、所詮、売り買いのかかわ
りに過ぎづ、個が自在に生きるには「人」の「間」をどうつめて共栄いくい
くか、その距離のとりかたにかかわって来る。
なるほど「人間」とという熟語は人と人の間で生きるという共通の類をもっ
て、かかわっていくと示している。
市場は、どうあがいても「わたし = つくり手」その間に小売店をはさむと
「彼・彼女 = 使い手 」の一人称と三人称の間柄になり、商取引の間柄は
「売れて何ぼ」の間柄で、その距離間は遠く、つながりの実感に乏しく、だ
んだん、もつとリアルに自然に「わたし」と「あたた」一人称と二人称の手
のとどく対面する距離の間柄で「共に生きる共生感がなければならない」へ
意識が移っていく。
そうすると仕事とは・・・
生きる糧をえる有用性のために働くのではなく、
個が自在に生きるには、人との間に「何かを働きかけ」て、その間柄で生き
る道を「志す」こと。仕事とは「仕える事」ではなく、人と人の間柄を紡ぐ
事柄を「志ざす事」と、ある女人からズッパと言い当てた言葉を貰う。
人と人の間柄を紡とは何を問うているのか・・・
その志向することは、何人も希求する「個が自在に生きる事ができる仕組み」
がなければならないことだと思う。
それからよく話すことだが、人との間柄を、「わたし」と「あなた」の一人
称と二人称の馴染み深い間柄とのかかわりと、間に市場を挟むと「生産者と
消費者」という「わたし」と「彼ら・彼女ら」のかかわりであり、そのかか
わりは、そっけなくその距離間は途方なく遠く、なんとも頼りない虚構での
戯れごとになってしまう。この戯れごとを喜々として10年やっていたことに
なる。
その意味では、時の間としては失われた10年ではあつたが、ただひとつ救わ
れるのは「今までの物事柄」におもねていたことであり、時の間にはこれか
らという未来がある。なら「これまでの物事柄」を蹴飛ばして「これからの
物事柄」の在り体という希望の地平をもとめて、ゼロからその方位にむかっ
て踏み出そう・・・と、この思いにかられるのは、しごく自然の成り行きで
あった。その踏み出す方位の見当を間違うわけにはいかない。
人と人との間柄とは、きょう日、KYなどと、目にあまる表層のみの、波風た
てない、みんな仲良しがいいという・・・たんなる「戯れ合い」ではない。
もっと生々しく、もっと自然に、「わたし」と「彼・彼女」、相互にとって
は三人称という遠い距離間ではなく、「わたし」と「あなた」という一人
称と二人称の手のとどく距離で、互いを必要とする協業を仕事にすることが
できないか・・・と思いはじめていた。
そして、どうしても好きな靴を仕事にしたい。
仕事は、「身体を働かせる」ことで成りたつが、多くは頭を使う。
頭を使うとは、プロジェクト、マーケティング、マネジメント、またまた
コンセプト、ポリシィ・・・などの概念を駆使して目的をさだめ、人の間を
「消費者」、時の間を「プロジエクト」、空の間を「市場」にさだめ、ひた
すら集団分業の合理をもって成果評価する事をさす。
なぜ「かくも頭をいためて」仕事をするのか・・・あるとき、ふっと・・・
世の中にとって、そんなに必要としない物事を、いかに必要な物事であるか
のように、ふるまおうとするから・・・だと気がつく、大量に生産し、大量
に消費させる企てごを企むから頭が痛くなる。
ふっと、ふっと、なんの脈絡もなく・・・ふっと気づかしてくれる。
市場での概念は、いか様にでも「でっちあげ = コンセプト」がきく、概念を
変えれば、頭をいためながらも、いく様の仕事ができる便利な仕組み、もう、
こんな仕事はご免こうむりたい・・・
うがった言い方だが、おなじ痛めるなら「頭でなく手を痛める」ことを選ぼ
う。
「手」は概念では働かない。
手業は正直なもので「本音」でしか働かない。(これはとても大事な事)。
「わたし」と「あなた」の間柄をつなげる、さらに小さな身体部位である
「手」と「手」で「本音」をぷつけあい、「本音」こそが人との間をうめ
ることができるはすだ・・・と思うようになっていた。
とにかく沢山つくらなければ成りたたない市場向けの既製靴をやめ、そして
日々の暮らしを自らの手でつくる・・・その思いがいつしか、自分の手で靴
などつくったことのない手で、自在自学、見よう見まねで靴をつくりはじめ
ていた。
1985年、手づくり靴を仕事にはじめた頃、丸内に居る。後ろの壁側に、中古の革漉機、グラインダー、圧着機の3点をセット価格、50万で購入、今、京都の丸手印靴工房・石田光江 (ワーカーズ2期生 )にある。掲載されたのはメンズクラブ、時々靴にかかわるエッセイを掲載していた縁で紹介される。齢50才の頃の懐かしいショット。
・
己の「手」で自分の履く靴をつくる・・・その後の、といってもいまから
25年も前の話しになるが・・・希求する「約束の地」へ「手」に導かれて
いく。
己の職域職能で、大げさにいえば自分なりに、頭の「脳」に蓄積した知力、
能力をもって追いもとめ、手中にできなかった「わたし」と「あなた」の事
柄を、「手」が一気に、自分のいる場所・自分の果たすべき役割、人と人の
間柄において働きかけていく協業をつうじて生き方をリセットすることがで
き自在に生きる志事なる。
人の間・・・を、ともにつくるという協業をつうじて相互で暮らしを意味を
共有する。
時の間・・・ゼロから自分の手で、一つひとつつくる時を積み重ねてつくり
あげる、これほど確かな実体はない。本来つくるとは、このこ
との意味であったはずだ。シューデザイナーのように、市場向
けの靴は浮遊する虚構 ( ファッション )であって、そこには人
の間柄を確かなものにする実体はない。
空の間・・・いかに人が集まる「場」がつくれるか、思い想いの異なる人が
集まり、それぞれが何を感じ、どう変わっていくか、かにより
もこの事に気づかなければならないと思う。
一人あつまり、二人あつまり・・・たんなる「お靴のお教室」ではなく
「ディヤーズ」という現場がたちあがり、場面を大きく変える事ができた。
手業は数ができないのでメジャー (有名性)を望むのなら不向き、手業は
「DIYの思想」、永劫に無名、マイナーがよく似合う。
DIYこそ自律自在に生きる、小さな力だが支配する大きな力を分散させる、た
だ一つの方法だと思っている。
これが、希求する小さいけれど多様な個の集合をもっ自在に生きる「約束の
地」であり、あっけなく、本当ににあっけなく「手」が導いてくれた。
頭は、水を低いところから高いところに過剰な熱力をつかって無理におしあ
げることができるが、手は水が高いところから低いところへ自然に流れるよ
うに、自然に、自然に「約束の地」へ流れこんでいく。
考えてみるに、2足直立歩行によって空いた前足部が手になって、手を働か
せることで脳が深化したはず、手にも脳があるという言い方は間違えではな
かった。手が目を見ひらかせ、気づかしてくれる。見よう見まねで手を働か
せ靴をつくりはじめたが、手がほんの少し「先」を見せてくれる。くる日、
くる日、その先の先を気づかしてくれる。
靴の既存市場での売り買いごとを拒否して、靴づくりを、まったくゼロか出
発、靴のいくつくところまで自在自学自習で習得できたのは手業と、一重に、
暮らしの「手ざわり」、「暮らしの肌合い」を靴に織りこむ事で、靴の「内
在すへき」身体化を(既製靴の領域では知り得なかった)、たぶん、だれより
も靴の「本源」に近づけたと思っている。
靴とは何か・・・と問うがいい。未だまともな答えを先人の誰からも返って
きたことがない。
我思うに、手づくり靴とは・・・
[ 歩き ] の構築体ウォーキング テクトニクス [ walking_tectonics]と考え
る。
[ 歩き ] の構築体とは、[ 足 ] と [ 靴 ] のいい関係を構築するコトである。
その技事は、靴をつくる技法を修得するにとどまらず、フットフィッティン
グとグッドウォーキングの関係性をつきつめ、歩行時、バランスを整え足に
ストレスをかけない技術を靴が「内在する前提技術」として身体化する。
これが手づくり靴の技術領域である。
また、足と靴のいい関係とは結局、テクトニック カルチャー [ tectonic
culture ] 暮らしの文化とかかわってくるので、靴の表象は自分の暮らしに
たいする文化の意識と感性、美意識の豊かさの表現として、けして「売る前
提」で靴はつくらない。つけ加えるなら靴と足のいいかかわりを壊すジェン
ダーの問題を、生= 性の座軸のどこに位置づけるかをつくり手に問わなくて
はならない。
モゲ ワークショップは・・・三人称だが「社会」とのかかわりは、手づくり
靴を縦糸に、横糸に、地域社会に根をおろし、足と靴のいいかかわりを通し
て心豊な暮らしのカタチを共有共存を織り込んだ布で暮らしを生き活きと包
み込む、そして、あなたが取得したいと望む技術とは、あなたの生きる「スベ」
を具現すのための「ワザ」であるり、靴の「がわ」だけつくって悦に入る事
ではない。
して、手づくり靴を仕事にしょうとするなら、既存市場にいつまでも綿々と
していないで、厳に拒否して、人と人をつなぐ間柄・ネットワークをつくる
「D I Yの思想」を技・術として手中にしなければならない。
いまいちど繰り返すが、小さ単位であっても、自分の流儀 ( 本音 ) で押しと
おす。生き方としては不器用だか、その不器用な生き方が、多分「次を」
くっていくと思っている。不器用こそ手づくりの味で、よき才能と思わなけ
ればならない。
いつものように冗長になったが・・・
たった一人の反乱とは、個をお押しつぶそうとする大きな力に抗して、個が
「自律自在に生きる」いわばインディーズの道を拓く。その闘い (反乱) であ
る。その道を 「DIY の思想」を基軸に、自分希求する方位が、多くの人の希
求する事象であれば、その思い想いを手に托せば、すこしづつ共存るネット
ワークが自然に、自然にできるはずである。
モゲワークショップはそうして、現に在る。
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08/10 am 01:00
2008/ Jul _ 23
たった一人の反乱 その3
頭を働かせるから人生をも、企画、計画、プロジェクトなどと目的、手段を
チャート化し合理的に構築し目的化しようとしたのだろう。
その頭の働かせ方も、己の職歴の域にとどまつて広告、市場の思考回路を経
た結果、クリエイティブ、マーケティング、プロダクトを個の資質に束ね一
人仕事の仕組みをつくり、それなりに成果を手中にしたつもりになったが、
靴の既存市場にとどまつているかぎり、市場の掌の上でしか踊ることができ
ない。
つまり売り買いを促するシーズン・プグラムに従って、売れるものを市場に
投入しなければならない。展示受注展を麗々しく「コレクション」なんて謳
い、会場で飛び交うのは、「コンセプトは、ポリシーは、トレンドは ?」な
どの売り買いの専用語と、したり面とスカシ面の賑わいを眺めているたびに、
すでに企画を売るための「企てごと」、
計画を売るための「はかりごと」、
コンセプトを売るための「でっちあげ」
トレンドを売り線に「おもねる」
としか解釈できなくなって、苛立が年とともにつのるばかりになる。
既存市場に在るかぎり、市場のもとめに答えて売り買いのことがらに長じな
ければ、市場にとどまっていることはできない。
クリエイティブ、マーケティングとキァリアをつんでプロダクトを既製靴に
もとめ、集中・統合の大いなる支配力をできるだけ分散し、小さな単位、個
の集合をもって社会の均衡をはかる、その思いをもって既存市場での最小単
位である一人仕事の場をつくったが、市場にも強者と弱者の間の力学という
ものがあり大手ほど力を嵩にきて、すまし顔でエゲツナく下品に「たかる」
「つけこむ」という悪しき商習慣が横行している。
つくることにしても「市場」という専用言語で人とつながるのではなく「暮
らし」という自然な日常言語を交わす人との間柄で、ともにつくる場をもち
協業することもできるはずだ。
こころすでに既製靴の既存市場になく「moge」商標によるテスト・マーケッ
トを予定通り、きっかり10年の幕をおろすことにした。
既製靴の既存市場は、いうところの「約束された地」ではなかった。
自分の職歴の延長線にそって人生をプロジェクトみたて目的化し実用という
手段をもってことにあった・・・そのこと自体が大いなる誤算ではなかった
か、仕事をする、働くは、その目的に至たる手段として既存市場への有用性
を中心においたことが、真に生きることの「内的」あるいは「本源的な」意
味をおきざりにしてしまった。
働くことと生きることは、まつたく別の事象という迷宮を彷徨うことになる。
1983年、まさにバブル前夜、このとき齢50。いまいちど希求する「約束の
地」をもとめて飛びたつ決心をする・・・そして思い知らされる。
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人も飛ぶことができる。
手を働かせ、
すべてを手にたくし、
すべてを手にゆだね、
手が気づき、
手にみちびかれ、
その手を両翼にして飛翔すると、
いまだ目にしたことのない約束の地がひろがっていた。
人は、生の混沌から、一足飛びに自在に生きることができる。
「手働手考」によって・・・「moge」からモゲワークシヨップという、自在
活発な生きる道が拓ける。
次回は、その経緯をなぞってみよう。
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07/23 pm 10:00



